大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和40年(う)931号 判決

被告人 松村武広

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、被告人の弁護人山近道宣提出の控訴趣意書に記載されているとおりであるから、これを引用する。

所論は先ず、原判決には判決に理由を付さず、又は理由にくいちがいがある違法があるといい、原判決が罪証に供した証拠中証人原仁一、同富樫正勝、同鏡四郎、同川崎三千男らの各証言は、いずれも証拠能力がなく、これらの証言を除外するときは、爾余の原判決挙示の証拠によつては、原判示事実を認定することはできないからであるというのである。

よつて按ずるに、所論の各証人は本件違反の取締に当つた警察官であるが、速度違反の取締に当つた警察官が、取締後一年以上もたつた後裁判所に証人として喚問され、取締当時の実情について証言する場合、自然の記憶のままでは正確な証言ができないため、当時作成しておいたメモとか捜査報告書等の記載の助けをかりて、当時の記憶を喚起させた上この記憶に基づいて証言をするということは許されるべきであり、それをメモとか捜査報告書に記載された事実を記憶にすりかえて記憶と称して証言したものに過ぎないから、真正な記憶に基かない証言で、単なる意見とか主張とかに過ぎず、従つて証拠能力がないなどと攻撃し得べき限りではなく、本件における右各証人の証言も正に前段説明の如き場合で、各証人はメモとか捜査報告書に基いて真正な記憶を喚起し証言をしたものと認めるに妨げないから、各証人の証言を原判決が罪証に供したことは相当で、何ら理由不備の原因を提供すべきものではないから、右理由不備の主張は理由がない。

次に所論は、右各証人らの証言は、証拠能力があることを是認するとしても、各証言の内容において矛盾、くいちがいがあるのみならず、速度測定の方法についても極めて杜撰であるのに、これを絶対に間違がないなどと証言しているのであるから信憑性がないのに、原判決はこれら証言を罪証に供し、その結果事実の誤認をしているというのであるが、各証人の証言の内容を仔細に検討してみても、主要点以外において相違する点があることは格別として、本件違反があつたと認めるべき証拠を提供し得る限度においては、十分信憑性があるものと認められるので、これら各証言を原判決が罪証に供したことは相当と認むべく、所論が極めて杜撰な方法と称する本件速度測定方法についても、証拠によれば、先ず道路両端にあるポールに黄色のペンキで印をし両点を見通す線を測定開始線とし、次に道路両端に黄色のペンキで印をし両点を見通す線を測定終了線とし、合図係は開始線の道路上に直角に位置し、測定しようとする車の前部バンバーが測定線にかかつた時、測定機のボタンを押し、測定係は測定終了線で同様の操作をするという方法により、測定の開始と終了をするのであるが、かかる方法により所定距離の走行所要時間の測定をしたとしても必らずしも所論のように不正確であると断ずる必要はなく、所論は通常人が一定動作を決意して現実に動作を起こすまでの平均所要時間は、〇・七五秒を要するから、右測定の動作もこの時間だけは実際の時間よりずれて不正確となるというように論ずるが、速度違反の測定の場合には、取締の対象となる車輛をマークしておいて、その車輛が測定線にかかるのを待ちかねているのであるから、卒然として行動を起す場合とは異り、所論の如き誤差を生ずるものとする必要はないのである。(また、若し測定開始線において右誤差が生ずるものとするなら、測定終了線においても同様誤差を生ずると見るべきで、結局誤差は調節されて消失するであろう。)また、所論は本件において測定区間に供せられた距離は、実地検証の結果によれば百米ではなくて、実際は百一・五米あつたことが認められるから、これによつても測定が正確でなかつたことが窺われるという趣旨の主張をしているが、百米の測定距離が一・五米長かつたということは本件の如く制限速度四十粁を二十粁以上も超過したという違反の場合においては、違反速度の認定について殆んど無視すべき程度の差異が生ずるに過ぎず、事実の誤認として論ずるには足りないし、百米を五・八秒で走つたが故に違反速度は六十二粁となるところ、百一・五米を五・八秒で走つたとすれば、六十三粁の違反速度となるので、却つて被告人には不利となるから右主張も採るに足りないといわなければならない。これを要するに、本件において用いられた速度違反測定の計器及びその操作について遺漏があることは認められず、この点について杜撰な測定方法ということを前提とし、それを強調する所論は理由がないというべきであり、結局、原判決挙示の証拠を綜合すれば、原判示事実はその証明があるものと認むべく、所論に徴し記録を精査しても、原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認は存在せず、原審当初よりの被告人の主張、すなわち被告人は本件速度違反をしたことはなく、制限速度である時速四十粁以内で運転していたものであるということは、これを認め得ないものといわなければならない。論旨は理由がない。

よつて、刑事訴訟法第三百九十六条に則り、本件控訴を棄却すべきものとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 井波七郎 小俣義夫 宮後誠一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例